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 正門の前には、パトカーや鑑識の灰色の車に混じって、南国の花々に彩られたワゴン車が一台止まっていた。ペンション『ゆりあらす』の送迎用自家用車である。田村は二人に、腹が減っただろう、と笑いかけただけだった。
 車の中で優樹は一言も口を利かない。自分の意向が遼に受け入れられなくて拗ねているのだとあからさまに解り、遼は困惑した。自分の気持ちを、どう説明すればいいのだろう。優樹の沈黙は重く遼にのしかかった。
 気詰まりな空気を察したのか、田村が運転席から声をかけた。
「実はね、遼君。館山からお母さんが……、千絵さんが家に来てるんだ」
「えっ、母が……?」
 遼の母親、秋本千絵は館山市内にある病院で看護師をしていた。夫と別居することになったのは、その不規則な生活が理由とばかりはいえなかったが、叢雲学園に入るように勧めたのは仕事を優先してのことだと思っていた。学園には寮があり、親しい知人である田村の家が近かったからだ。その母が仕事を差し置いて来る事など考えられない。いったい、何があるというのだろうか? 遼の胸にいい知れない不安がひろがった。
「それと、大貫のおじさんも来てるから」
 大貫は千絵の弟で、田村とは高校時代からの親友であり釣りを趣味とする仲間でもある。遼と優樹は大貫の経営するレンタル会社の小型クルーザーで、沖合まで釣りに連れて行ってもらうのが好きだった。この週末も約束していたのだが、どうやら叶わぬこととなりそうだ。
 母親が来ていると聞いた遼の落ち着かない様子を伺い見て、優樹は気まずそうに声を掛けた。
「あの……さ、俺はただ……」
 うん、と、遼は小さく頷く。
 優樹が自分を庇おうとしたことは、わかっていた。いつもそうだ、優樹の影にいれば、表に出なければ、降りかかる火の粉は払ってもらえる。しかし、あの石膏像に関しては逃げてはいけない気がした。理由は解らないが、何か抗いがたい力が遼にそう思わせていた。
(いつまでも僕は……君に守られていたくない)
 敢えて目を合わせないように、遼は窓の外に視線を逸らす。
「ちぇっ……!」
 背中に、ふてたように小さく呟く優樹の声が聞こえた。

 小さな入り江の船着き場から、小高い丘に続く坂道を登ったところにペンション『ゆりあらす』はあった。シーズン中は親子連れの海水浴客などで賑わうが、この時期になると、ひっそり釣りを楽しもうという年輩客が訪れるくらいである。食堂の片隅のカウンターでは、そんな風体の男性客が一人グラスを傾けていた。
 オーナーの田村が優樹を預かっている理由は、母親が田村の妹であり現在病気療養中で入院していることと、今は亡き父親がどうしても叢雲学園高等部に優樹を入れたがっていたからだ。横浜には優樹の父親の実家があり、一つ上の姉が祖父の元から叢雲学園の姉妹校に通っていた。だが、事あるごとに横浜に呼びたがる祖父をどうやら優樹は嫌っているらしく、まったく応じようとはしなかった。
 長い髪を綺麗にまとめ上げ、こざっぱりとした服装に黄色いエプロンをした三十代半ばの女性が、暖めなおした夕食を遼と優樹の前に置いた。立ち上る匂いは遼の好きなロールキャベツだったが、すぐに手を付けることが出来ない。
「お腹、空いたでしょう、お代わりたくさんあるわよ」
 田村の妻、小枝子が微笑んだ。
 田村由起夫と母親の秋本千絵、そして叔父である大貫直人の三人は、少し離れたテーブルで小声で何かを話している。と、突然、千絵が顔を覆い泣き崩れた。席を立った田村が、優しく千絵の震える背に手を置くと、遼と優樹のいるテーブルに来て座った。
「……二人に話すことがあってね。お母さんは反対してたんだけど、もう君たちも子供じゃないだろうと解ってくれたようだ」
 田村は沈痛な面もちで、口を開いた。
「石膏像の中から見つかったあれは、おそらく遼君、君のお姉さんだ」
 遼は、すうっと血の気が引いていくのを感じた。首の後が冷たく、テーブルに置いた手には感覚がない。空虚になった心に言葉がぽつりと浮かび、朱い染みとなって広がった。何故? どうして? 何が?
 失神してしまいそうなくらい、気が遠くなった。しかし踏みとどまり、目を閉じ深く息を吸うと、不思議なことに冷静な思考が戻っていた。
「僕に、姉がいたんですか?」
 尋ね返した声は、自分でも意外に思うほどしっかりしていた。少し驚いた顔を向けた田村は、気を落ち着けるように一呼吸すると言葉を選んで、ゆっくりと話し始めた。
「君のお父さんと出会う以前に、お母さんは一度結婚していたんだよ。わけあって別れることになったのだけれど、実はその人との間に女の子が一人いて、父親の方が引き取ることになったんだ」
 既に千絵は泣いておらず、心配そうにこちらを見ている。しかし、自分から話すことはやはり躊躇われるようだった。
「女の子の名は江里香と言ってね、千絵さんが前のご主人と別れたときは八歳だった。離婚から四年後、お母さんは今のご主人と再婚して君が生まれ、お母さんのところによく遊びに来ていた江里香も弟が生まれたことをとても喜んでいたんだ。ところが……」
 先を続けることを躊躇い、田村は口ごもった。すると変わって、後から席を立った大貫が口を開く。
「……遼君、お母さんは君が三歳になったとき江里香に、もう会いに来ないで欲しいと言ったんだ」
 千絵は再び顔を手で覆った。低く震えるような嗚咽が指の間から洩れる。小枝子がその肩をそっと抱いた。
「江里香はもう十五歳になっていたし、新しい家庭のことだけを考えていきたいという母親の気持ちが、わからないとは言わなかった。だがやはり近くにいたかったのだろうね、高校は叢雲学園を選んだんだよ。そして江里香が二年生の時、事件が起きた」
 大貫の口調は静かだが激しい怒気を含んでいた。千絵を庇うように田村が続ける。
「もし自分が江里香を拒絶しなければ、叢雲学園に入ることもなかったのだと、お母さんはずっと後悔してきたんだ。今頃は元気な姿を改めて君に紹介していたのだと……」
 遼が江里香になつけばなつくほど、十二歳年の離れた姉の存在を説明することが難しくなると、千絵は心配していた。それならばこのまま二人を引き離し、遼が高校に入って物事を冷静に受け止められるようになってから話した方が良いと決断したのだ。
 遼に、姉、江里香の記憶はなかった。しかしあのビジョンを見たときに感じた懐かしさは、あるいは記憶のどこかにその姿を焼き付けていたからかもしれない。そしてあの時、美術室を去り際に見た映像は……。
「もう遅いわ。食事を済ませてお休みなさい」
 小枝子が我が子を諭すような少し強い口調で二人に声を掛けると、素直に遼と優樹は食事に手を伸ばした。既に冷たくなってしまった料理を再び暖めようとした小夜子を断り、半ば無理矢理口にほおばる。しかしいつもの味を感じることは、できなかった。

 田村の家族の住まいは、食堂から客室に繋がるエントランスの入り口とは反対側にある。優樹の部屋に行くためドアを開けて廊下に出ると、田村杏子が所在なさそうに立っていた。
「なんか、大変なことになってるね」
 田村の一人娘である杏子は、叢雲学園では数少ない女子生徒の一人である。戦前は海軍士官学校の予備校だったという叢雲学園は元々男子校で、一学年百二十人ほどの生徒の中、女子は二十〜三十人くらいしかいない。
 おそらく入浴を済ませたばかりなのだろう、乾き切らない髪からはシャンプーの優しい匂いがする。パジャマではなく普段着のままなのは、今日、遼が泊まりに来ることを知っていたからだろう。
「あの……さ、コーヒー持ってってあげようか?」
 いらねえよ、と、優樹は素っ気なく答えたが、どうやら杏子は遼に聞きたかったらしい。そのことに気づいて遼が笑った。
「ありがとう、杏子ちゃん。お願いするよ」
「うんっ」
 途端、杏子は嬉しそうな顔になる。
「あ、じゃあ俺にもくれ」
「優樹は自分で入れたら?」
 食堂のドアを開け、杏子はすまして肩越しに答えた。

 しばらくして、杏子はちゃんと二人分のコーヒーを持ってきたが、母親に邪魔をしないよう言いつけられたのかベッド脇のテーブルにトレーを置くとすぐに部屋を出ていった。入れ立てのコーヒーに添えられた多めのミルクは、小枝子の心遣いであろう。高校生といえども、子供はコーヒーにミルクを入れるものと決めつけているようだ。
 優樹はいつものように砂糖とミルクを多めに入れたが、遼はそのまま口に運ぶ。その強い香りで、気持ちを落ち着けたかった。
「あれが……僕の姉さんだったなんて……」
「見たんだろ、女の人を」
 遼は、顔を俯けた。カップを持つ手が小刻みに震え、抑えることが出来ない。込み上げる感情は、悲しみと言うよりも悔恨のそれに似ていた。
 遼の様子に、暫く話しかけにくそうにしていた優樹が、
「俺が……余計なことをしたから」
 と、小さく呟く。
「君は、関係ないよ」
「なんだよそれ!」
 明らかに怒りを帯びた強い口調に、遼は驚いてコーヒーカップを落としそうになった。顔を上げると、優樹の真っ直ぐな目が睨むように見つめている。
 ビジョンを見たときから、こうなることは避けられなかったに違いない。遼が忘れていた姉の存在と、その姉が巻き込まれた不幸な事件。いづれ、わかる事だったのだ。優樹の行動に責任がないと言いたかっただけなのに、そうは受け取らなかったらしい。
「僕が石膏像を見つけたことも、君がそれを壊したことも、多分彼女が望んだことなんだと思う」
 冷静に見つめ返した遼に、優樹は赤面した。
「望んだ事って……それじゃあ、おまえには彼女の望みがわかるってのか? 隠さないで言えよ、ホントは他にもあるんじゃないのか?」
 それは……、と、言いかけて遼は黙り込む。優樹の言うように、他に訴えるものがあるような気がしていたからだ。
「おまえ、帰ろうとして美術室を出た時も何か見えたんだろう? 刑事に話しかけられてたけど、何が見えたんだよ」
 優樹の言葉に遼は狼狽えた。何故、わかるのだろう。あの若い刑事、神崎と自分が見た景色を優樹が見たはずはない。彼女の思念が神崎を取り込むのが遼にはわかった。そして深く青い海とその中に漂う制服姿の少女。
「何故君は……」
 優樹の勘が鋭いことは以前から気づいていた。クラスメイトに呼び出されたとき、必ず彼が助けに来てくれた。ただ、そんな気がしたから、と言う理由だけで。試験の時もヤマを張れば八割方は当たる。田村と大貫が釣りに行くときも「今日は釣れないよ」と彼が言えば本当にまるで当たりがなかった。たまたまだよ、と、彼は言うが、その的中率に肌寒さを覚えたことさえある。今回石膏像を割ったのさえ、意図しないところで彼の勘が働いたのかもしれないとすれば……。
「ごめん……。そのことは後で話すよ」
 遼はそのまま優樹の方を見ずに、小枝子が用意してくれた簡易ベットに潜り込んだ。不満の残る顔をしていた優樹も、それ以上追及するのをあきらめたのか自分のベッドに入る。
 しかし夜が更けるにつれ、遼の脳裏には止めどもない考えが駆けめぐり、なかなか眠ることが出来なかった。
「遼、寝たか?」
 同じく寝付くことが出来ないのか、優樹が声を掛けてきたが聞こえないふりをする。心配してもらえるのは嬉しかった。だがどこかで迷惑に思う気持ちに戸惑っている。これは自分の問題だ、と、遼は心に言い聞かせた。今までのように頼ってはいられない。
「……寝ちまったのか」
 暫くして優樹の寝息が聞こえ始めたが、遼はまんじりともせずに天井を見つめていた。


 むき出しになった茶褐色の断層が、海に反射する朝日を照り返していた。断崖に沿って叢雲学園の裏門へと続く急な石段を、バスで通う学生達が次々と降りてくる。その早朝の様子が、まるで蟻の行列のようだと優樹はいつも思っていた。バス通学を嫌い、優樹は『ゆりあらす』から毎朝オフロードバイクで通っているのだが、心地よい潮風を受けて海岸沿の道を走るのは本当に気持ちがよかった。半島の西を向いているこの岬から朝日は臨めない。それでも天気の良い日の海は美しく輝いて、つかの間意識を遠く現実から離れたところへ運び去ってしまいそうになる。
 いつものように、青龍のレリーフのある正門の前でバイクを停める。だが駐輪場まで押していく途中、学園が普段とは違った空気に包まれていることに優樹は気が付いていた。既に学生の多くが、石膏像の中から見つかった死体のことで何やら噂しあっているようだ。
 田村から、遼が暫く学校を休む事を聞かされ優樹は内心ほっとしていた。結局土曜の夜から話をする暇がなく、わだかまりが解けないことに不満が残っていたからだ。その気持ちのまま学校でクラスメイト達の好奇の目にさらされるのは、我慢がならなかった。
「よっ、おはよう! 優樹」
 駐輪場で呼び止められ優樹が振り返ると、クラスは違うが剣道部で一緒の日比野が、少し離れたところで手を振っていた。よりによって、一番厄介なヤツにあったと顔をしかめた優樹の心中など気にもせず、日比野はスクーターを隣によせた。
「なあ、おまえ昨日大変だったんだろう? 聞いてるぜ」
「なに聞いたか知らないけど、俺の方は別になんでもないよ」
 バイクのスタンドを立てて、優樹はタンデムシートに括ってあった学生鞄を肩に担いだ。、話し好きの日比野に、朝から関わりたくはないと言う気持ちが正直なところだ。噂話が好きな男で、口の軽いところが気に入らない。
「そっか、そりゃそうだ。当事者は秋本なんだって? 石膏像の中にあった死体がアイツのお姉さんだったなんて、すげえよなぁ」
「おまえ、どこから聞いてきたんだよ」
 背中越しに聞いた優樹に、へへ、と、日比野は得意そうに笑った。
「八街が、親父と話してたんだ」
 剣道部顧問の八街と日比野の父親は、大学時代の剣道仲間で先輩後輩の関係だった。おそらく昨夜の事件は、あっという間に学園関係者全員に広がったに違いない。内心、遼の不在に安堵して、優樹は日比野に険しい目を向けた。
「おっかねえな、そんな顔するなよ。おまえさぁ、いい加減アイツと付き合うの、よした方がいいんじゃねぇの? なぁんか、似合わねぇっていうかさ。実際、変なヤツだし。だから……」
「だから、何だ?」
 表情を変えず、低い声音で問い返すと日比野が身を縮める。
「う……何でもねぇよ。じゃ、放課後部活でなっ」
 そそくさと立ち去る背中を苦々しく思いながら、始業のチャイムに優樹は走り出した。

 チャイムが鳴り終わると同時に駆け込んだ教室では、どうやら担任の小峰が優樹を待っていたようだった。
「おお、来たか篠宮。ちょっと職員室まで行ってくれるか?」
 この小柄な教師は背の高い優樹に上から見下ろされるのをひどく嫌っていて、常に距離を取ろうとする。今も不自然な笑顔を向けながら、少し離れたところから声を掛けてきた。優樹にとっては薄くなりかけた中年教師の頭など、どうでもいいことなのだが。
「職員室に? 何ですか?」
「うん、実は警察が君に聞きたいことがあると言うんだよ」
 この土曜・日曜と、入れ替わり立ち替わり訪ねてくる警察に、いったい何度同じ話をしたことだろう。また繰り返すのか、と、優樹はうんざりした顔になった。
「一限目、英語だしなぁ……」
 英語は彼の好きな科目だ。出来れば警察の同じ質問に辟易とするよりは授業を受けていた方が良い。
「どちらにしても一時限目、悪くすると午前中ずっと自習になるかもしれん。職員会議があるんだよ」
 小峰の顔は半泣きだった。困ったことがあると、すぐにこの顔になる。優樹もそう言うことなら仕方がないとあきらめ、鞄を置くと職員室に向かった。

 職員室の隅にある応接スペースで、ポケットのタバコを取り出そうとした神崎は思いついて手を止めた。元海軍士官学校だった学園の性格上、叢雲学園は生徒に厳しい校則を課していた。特にタバコに関しては容赦なく罰せられ、退学も辞さない。そのため教師も学園内では喫煙を許されず、当然職員室も禁煙だった。しかし、厳しいとは言っても大概は学生の自主性に任せられており、生徒は伸び伸びとした学園生活を送ることが出来るのだが。
 手持ちぶさたに溜息をつき、改めて職員室を見渡す。学生時代と変わらない職員机の配置、壁に掛かった絵画と書、そして空気。懐かしくもあり、今自分がここにいる理由を考えると複雑でもあった。思えば卒業以来、一度も訪ねていないな、と、苦笑する。
「あの、俺に何か用ですか?」
 頭の上から声を掛けられ、反射的に神崎は立ち上がった。そして相手の顔を確かめるために少し顔を上げる。篠宮優樹という少年は、どう見ても神崎より背が高い。気にはならないが話しにくいと、向かい合ったソファーを勧めた。
「何度もすまないね、優樹君。実はあの石膏像の事なんだが、夏休み前は美術室になかったらしいんだ。どうやら夏休み中に誰かがあそこに置いたらしいんだけど……」
「俺じゃないですよ」
 慌てる優樹に神崎は笑った。
「君と遼君を疑ってるわけじゃないが、確認は取っておかないとね。それから土曜日、部活は確か午前中で午後からは自主トレだったそうだね」
 しまった、という表情を、神崎は見逃さない。
「君は二時半頃まで確かに武道館で自主トレをしていたそうだが、その後、遼君を迎えに行った五時までどこで何をしていたのかな? 何か……隠し立てしなければならないようなことでも?」
 刑事の顔で問いつめられて、優樹は観念した。
「あー、えっと。その……写真部の部室で、読書……のようなことを……」
 ああ、と、神崎には思い当たることがあった。彼が学生の時から写真部の部室は男子学生のたまり場で、そこでよく先生に隠れて持ち込んだグラビア雑誌を見ていたものだ。
(濱田さんの思い過ごしでは……)
 第一発見者とは親しくなれ、と、濱田は神崎によく言っていた。それは第一発見者がそのまま容疑者になる場合が多いことも理由だが、他にも、その者だけが感じた何かがそこにあった可能性が否定できないからだ。感覚でも、匂いでも、第一発見者だけにしかわからないもの。それを思い出してもらうには何度も足を運び親しく話せるようになることと、現場の記憶を常に忘れないようにさせることが肝心である。
「彼らは何かを隠している」
 濱田は神崎にそう言った。しかし、それはこんな些細な事なのだろうか。
「誰か、一緒だったかな?」
「同じクラスで写真部の岡田と、三年で部長の須刈先輩と一緒でした」
 友人に迷惑を掛けることが気がかりなのであろう、意気消沈している優樹が神崎には可笑しかった。
(初見では、もっと大人びた子だと思ったが……)
 こうしてみるとごく普通の高校生である。神崎は裏をとるまでもないだろうと考え、早々に優樹を解放した。
 彼が今日この学園に来たのは、あの石膏像が誰の手で造られ運ばれたのか、そして何故今になって見つかったのかを調べるためであった。